ターミネーター:ニューフェイト

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幼い頃、親が借りてきたターミネーター2を見たことで、映画好きになりました。ダビングしてもらったターミネーター2のVHSは、軽く300回以上は見ている。そんなマイ殿堂入り映画がターミネーター2です。だから思い入れもひとしお。当然、シュワルツェネッガー映画に育てられて成長しました。

 

ターミネーターは今回を含めて、映画はなんと6作、TVドラマは1作。マーベルユニバースは色々なキャラを出して1つのアヴェンジャーズだけど、ターミネーターはT800とコナー親子ぐらいのキャラしかいないのに、よくこんなに長く続いたものです。下手したら、各々作品のターミネーターとコナー親子を集結させて、スカイネット打倒を目指すアヴェンジャーズが作れるレベルです。

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アメリカでも日本でも、世間一般的に1と2が殿堂入り扱い。その他345に関しては自分も否定的ですが、決してつまらない映画ではないんですよ。アクションはどの続編もすべて一級品。ただ、1と2を作ったジェームズキャメロンほどの、深い掘り下げ、作り込み(作家性、と呼ばれる所)がないだけで。ギチギチに詳細設定を作り込み、本編はひたすら引き算された映画になっている「鬼才」ジェームズキャメロンですから。ジェームズキャメロンの映画アバターも、パンドラという架空の惑星、架空の言語を作ってしまった、そんな鬼才、妥協なき映画製作をする人。

エイリアンシリーズのナンバリングタイトルは、リスク承知でジェームズキャメロンのような作家性の強い監督だけを起用している特殊なシリーズだが、ターミネーターシリーズは、リスク少な目、そこそこ面白い映画を作るシリーズになっていった。

 

ジェームズキャメロンのような突出した才能や作家性を持った監督を探すより、そこそこ面白く、それなりに稼げる方をターミネーターシリーズは選択したと。ただ、やっぱりファンとしてはまたジェームズキャメロン印であるとか、作家性バリバリなターミネーターを見たかった。そうこうしていたら、もう6作目になっていました。

 

そんなわけで、「T2の正統な続編」「今までの345は無かったことに」を謳う、今回のターミネーター。邦題ニューフェイト 、原題ダークフェイトを見ました。

 

実は見る前に、海外リーク情報サイトでプロットを読んだのですが…これを読んで以降、まるで劇中のサラコナー。ヤケクソ状態。「こんな映画絶対に見るかボケー」と言っていました。同居人の必死の説得で、仕方なく見に行きましたが、もう見る前から、期待半分どころの騒ぎじゃなかったです。期待値は氷点下マイナス、ストロングゼロ。「ダークフェイトは、ジェームズキャメロンが脚本と編集、製作総指揮として参画している。だから正統な続編なんだ」という触れ込みでしたが、ターミネーター5ジェニシス/新起動でのジェームズキャメロンの嘘宣伝(以下ツイート参照)にまんまと騙されたので、今回も見る前から話半分。まったく信用していませんでした。

 

映画がスタートして、リーク通りのある展開が開始3分ぐらいで起きて、この時点で「もうダメ、さようならターミネーター 、さようなら俺の青春」、そう思ってずっと映画を見ました………。その結果…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにこれ、すげえ面白いんだけど!!!!!

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以下見た後のツイート。

 

アーノルドシュワルツェネッガーごめんなさい、リンダハミルトンごめんなさい、ティムミラーごめんなさい、「見たくない、行かない」とスネて困らせた同居人ごめんなさい。でもジェームズキャメロン、てめえはダメだ(理由は後述)。

何はともあれ、本作ダークフェイトは最高でした!「T2の正統な続編」の売り文句は伊達じゃない。とはいえ、見た後なにがすごかったのかいまいち言葉にできず。色々思い返してみて、ここが良かったダークフェイト。

 

新キャラ グレースのかっこよさ

ターミネーター12でのカイル、シュワちゃんにそれぞれ相当する守護者役がグレース。これがものすごいカッコイイ。このかっこよさはなんだろうと思ったら、カイルや守護ターミネーターだけでなく、デッドプールに近いキャラクターなんですよ。身体を痛めつけられて改造され、副作用がありながらも、強くなったその身体で一途に恩人を守り抜く。デッドプールはコメディだけど、よく見たら相当悲劇な主人公だった。グレースはまさにデッドプールと同じ。そしてターミネーターシリーズのカイルとの親和性の高さ。監督ティムミラーがもっとも得意とするキャラクターだったんですよ。だから余計にグレースが素敵に見えたのかもしれない。予言するけど、10年後、きっとグレースに憧れたと言う大人がたくさん出るはず。マッケンジーデイビスはこれからさらに人気出るね。

 

怒涛のアクション

リンダハミルトンが宣伝で「前より10倍凄いアクションで、本編を見たら"なんてこった、なんてこった"と思う」と言っていたが、その言葉にウソはなかった。今までのターミネーターもキラリと光るアクションシーンが必ずあったけど、今回のダークフェイトはシリーズ最高峰と言っていい。しかも止まらない、ほぼノンストップ。まったくダレない。さすが、デッドプールのティムミラー。アクションの作りはとても上手でした。この感じ、マッドマックス怒りのデスロードの無駄のなさに近かった。

 

リンダハミルトンの復帰

345がグダついてたのはリンダの不在が理由なのか?と思うほど、画面に出るたびにビシッとビンタされたような緊張感。そして銃撃する姿が相変わらず似合う。本当にかっこいい。

 

シュワルツェネッガーの花道

本作でターミネーターを演じるのは最後と言っているシュワルツェネッガー。いつもより出番は少ないし、あくまでもそれはストーリーの一部ですが、シュワちゃん引退花道という内容でもありました。いつだって俺たちのヒーローとして映画に出ていたシュワちゃん。繊細な演技をする俳優ではなく、いまの時代ではもう珍しくなった「スター」。「背中で語る」、そういう俳優。そんなシュワちゃんの背中を見て育った世代ですから。

今作のシュワちゃんは、ターミネーターを演じつつ「一人親方個人事業主兼主夫」を演じています(ありのままの事実です)。シュワちゃんは大人になりきれない男性ファンに、こう語りかけてるようでした。

「夫婦生活ではターミネーターのように、何があろうとミッション(家事、育児)を率先して遂行するんだ。そのミッションではターミネーターのように、疲れ知らずにやるんだ。そしてターミネーターのように"うんうん"と、棒読みでいいからずっと奥さんの話をずっと聞いてあげるんだ。そしてたまにはターミネーターのようにボケてみるんだ」

 

こんな事は劇中で言っていませんが、私はシュワちゃんの背中から上記メッセージを受け取りました。イクメンシュワちゃんの姿を見て、やっぱりシュワちゃんは俺たちのヒーローだと思いました。

そしてシュワちゃんといえば、なぜか西部劇っぽくなる点も健在。今までの傾向を見ても、おそらくシュワちゃん、本当は西部劇に出たかったのかな?と思ってました。ミステリー小説「そして誰もいなくなった」を映画化したサボタージュも、途中まではデビッドエアー印の麻薬犯罪サスペンスが、見終われば昔の西部劇になっていた。ラストスタンドは未見だが、より西部劇っぽいらしい。

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ダークフェイトではティムミラー監督は、「勇気ある追跡(トゥルーグリット)」や「オレンジ牧場」みたいにしたかったと言う通り、かつて荒くれだった年寄りガンマンが子供を助けるストーリーを、T800ことシュワちゃんに当てはめた結果、これが見事に大成功。いまの歳をとったシュワちゃんでなければ、この哀愁は出せないですよ。

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完全燃焼物語が復活

T1とT2って、独立してる一話完結の話だったと思うんです。で、そのストーリーの中でキャラクターが完全燃焼する話だった。わりとスポ根というか。キャラクターが社会的信頼を失ったり、片道切符の任務だったり、肉体的にも散々な目、危険な目に遭って、体一つ、一か八かで人生を賭けて難敵に立ち向かう。難敵はフルメタルジャケットハートマン軍曹のように恐ろしくて、ネチネチとしつこい。そんな敵と立ち向かったあと、すべてを失うが、その後に見える、たった一筋の希望。

こんな話がまさにT1、T2だった。バッドエンドではないが、ハッピーエンドでもないこの感じが、ダークフェイトはしっかり継承してました。

 

運命は自分で選ぶもの

No fate, But we make.は、ターミネーター2のテーマだったが、これも復活していた。具体的には

  • 虐げられた人、または決められた運命の下にある人が
  • 未来からきた守護者に命を救われ
  • 戦いによって自身が成長することで
  • 未来を選ぶことができるようになる

男性優位の80年代初期に、シングルマザーとして自立する(せざるを得ない)ことを覚悟決める話がターミネーター1だった。ターミネーター2は定められた運命を生きていたサラとジョンが、運命を変える話だった。サラは精神病院で虐げられ、ジョンは養子に出されたことでグレていた。虐げられたことで心に傷を抱えたキャラたちが、奮発して未来を変えて自立していく。これがターミネーター12だった。これが今回のダニーとグレースの新キャラ、そしてサラとT800に対しても付与されていた。失って得るものもあり、劇中は小さな役割だが、存在を感じるジョンコナーのリーダーシップ。これはなかなか良かったです。

 

ダメだった点

ここだけ微ネタバレ注意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダメだったところはあまりないけど、これはやっぱりいただけなかった。あれだけエイリアン3に文句言ってたジェームズキャメロンさん、あなたがこれやったらあかん。世代交代で新しいキャラにしたいのもわかる。退場させたいキャラなのもわかる。だがその退場のさせ方。ティムミラーならきっと良い脚本を作ったんじゃないかなと思った。

『ターミネーター:ニュー・フェイト』、あのキャラクターを殺したのはジェームズ・キャメロンのアイディアだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネタバレ終わり

 

 

 

まとめ

評価は高いけど興行収入が惨敗とのことですが、きっとこのダークフェイト、カルト映画化すると思う。ティムミラーはジェームズキャメロンと編集中に大バトルしたらしいが、それってまるでエイリアン3の時のデビッドフィンチャーなんですよ。

 

ファイナルカット権が無くて、従うしかなかったところもそっくりで。それでもカットしきれない、滲み出るティムミラーの作家性。きっと大化けする監督だと思います(しなかったらちょっと悲しい)。俺としてはティムミラーで続編が見たい、素晴らしい一作でした。

ジョーカー

 

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すっかり時は過ぎてしまったが、公開日に見に行った。前評判どおりの衝撃作。スコセッシの往年の名作タクシードライバーと、キングオブコメディ(こちらは未見)をインスパイアしたというが、タクシードライバーも公開当時、ジョーカーのように「危険な思想の映画」という扱いをされたのだろうか。

 

ジョーカーについて、一番しっくりした感想はこれ。

DC映画『ジョーカー』海外レビュー、評価、感想 ─ ベネチア映画祭で絶賛「まさにジョーカーが望んだ映画」 | THE RIVER

米IndieWireは「世界を転覆させ、その過程で我々を狂わせる作品」だとも記した。「良くも悪くも、まさしくジョーカーが望むだろう映画です」

 

ジョーカーが望むものってどんなもの?という問いは、故・伊藤計劃氏の映画ダークナイト評が詳しい。

Watch the world burn. - 伊藤計劃:第弐位相

ジョーカーは知っているのだ。秩序に身を置きながら自警団として秩序を破らざるを得ない矛盾を抱えたバットマンと、世界がカオスに叩き込まれるのを心の底から望みながら、秩序という世界の枠組みそのものが崩れてしまうと「ゲームを楽しめなくなる」という矛盾を(楽しそうに)抱えた自分が、ともに化け物、コインの表裏であることを。

ジョーカーは人間の負の面を露わにする装置として、ゴッサムの夜を踊る。

 

公開後、まさにこのコメントのような状態になっているのはご存知の通り。みんなジョーカーに狂わせられてしまった。作品の解釈を巡ってはもちろん、格差の問題、機会不平等についても。内容は多岐に渡って。なんというか、この映画を仕掛けた監督そのものがジョーカーだと思った。

監督トッドフィリップスといえば、ハングオーバーとかデューデートとか、その辺のわりとボンクラ系コメディ映画を量産してきた人だと思ってたけど、今思えばその映画群に今回のジョーカーの原型となる人物がいた。特に、ハングオーバーザック・ガリフィアナキスが演じてるアラン(中年ヒキニート)は、わりと今回のアーサーに近い。そんなアランが友達を誰も作れず、親とだけ生活していったストーリーを考えるとジョーカーのメインプロットになる。

トッドフィリップスがコメディ映画を作らなくなって久しいが、こんな理由があるそう。

 

『ジョーカー』監督は「文化のせいでコメディは死んだ」と本当に言ったのか ─ 米報道が物議醸す、タイカ・ワイティティも反応 | THE RIVER

「このごろのウォーク・カルチャーの中で、笑いを取ろうとしてみましょうよ。“もはやコメディが成立しないのはなぜか”という記事がいくつか出ていましたが、僕からすると、それは、めちゃくちゃ面白い人たちが“やってられない、誰かを怒らせたいわけじゃないし”という感じになっているから。Twitterで3,000万人を相手に議論することは難しいし、そんなことはできない。でしょう? だから“僕もやめよう”と。僕の作るコメディは――すべてのコメディにそういう面はあると思いますが――不謹慎なもの。そこで、どうやってコメディ以外の方法で不謹慎なことをやろうかと考えたんです。」

 

初めて知った名詞だが、ウォークカルチャーとは、社会的公正を重んじ、差別の撤廃を掲げる運動のことなんだそう。例えばフェミニズムセクシャルマイノリティーのムーブメント、人種差別に対するムーブメントなどの総称的な意味を持つんだとか。

 

トッドフィリップスのコメント通り、この人のボンクラ系コメディ映画は、下ネタから始まり、人種ネタ、性別ネタとひたすらに不謹慎だったw でもそれが面白かったわけだが、このご時世はそうもいかんということで、店じまいをした事実がわかる。

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人が笑う理由にはいくつかあると思うが、その本質は滑稽なこと、くだらないことだと思う。じゃあその滑稽なこと、くだらないことはなんだといえば、それはたぶん誰かの悲劇なんだろうね。誰かがバナナの皮で転んでも見え方によっては、人は大爆笑する。ダウンタウンの「絶対に笑ってはいけない」も、あれだけ人がバットで尻を叩かれても、みんな笑う。叩かれる本人たちにしてみればすごい苦行だと思うが、神の目線としてテレビで見ていれば、本人が笑いに耐えきれずバットで尻を叩かれる光景は、尋常じゃなくおかしい。誰かの悲劇は、喜劇になるということは、古今東西変わらないんだろう。ジョーカーはまさに、笑いとは?を真摯に向き合って作られた映画だと思います。日本でもお笑い芸人からのコメントが多いのも、ちょっとわかる気がする。

で、昨今のウォークカルチャーはちょっと過剰気味でもあり。そういったお笑いに対して、例えば「絶対に笑ってはいけない」を例にするなら、暴力的だという批判であるとか。たしかに公正さや差別のない世界を目指す姿勢は正しいが、完全に公正は世界はないし、それを本当に訴える相手はコメディアンや献血ポスターに対してではない。

 

賛否の多いエンディングも、トッドフィリップスの発言を思い返せば、なんとなく伝わってくる。

このごろのウォーク・カルチャーの中で、笑いを取ろうとしてみましょうよ。“もはやコメディが成立しないのはなぜか”という記事がいくつか出ていました

 

どうやってコメディ以外の方法で不謹慎なことをやろうかと考えたんです。

 

ウォークカルチャーにウケるであろう格差や差別に苦しむアーサーをひたすら徹底して描写してじつに辛い悲劇として描きつつ、最後の最後で「君にはわからないよ」と盛大に梯子を外して「The End」。これぞトッドフィリップス!不謹慎ネタここに極まり、という感じで、アーサーが一世一代、ジョーカーへの狂い咲きをするのと同様に、映画全体の指針がアーサーの行動と同じく、社会に対してのリベンジと化していて、こりゃあ問題作だと思いました。 すごく面白かったです。日本で大ヒット中というのも頷ける話。

 

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デニーロも久々に本気出してた演技だったと思いました。アイリッシュマンも楽しみです。

 

 

ワンスアポンアタイムインハリウッド(ネタバレなし)

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クェンティンタランティーノの新作を見る。本人曰くこれが9作目で(キルビルは1-2で1つとしてカウントする模様)、次の映画を撮ったら映画界から引退する予定なんだとか。そんな寂しいことを言わずに、マーティンスコセッシみたいに何歳になっても映画を作り続けてほしい。仮に11作目がつまらなかったとしても必ず見に行くからさ。そう思わずにはいられないぐらい、今回も素晴らしい作品でした。

 

タランティーノといえば出世作パルプフィクションが有名で、初めてパルプフィクションを見た時は「話の本筋がなんだかよくわからないんだけど、なぜかとても面白い」という感想だった。映画っていうと派手な起伏があったり、大掛かりなアクションがあったり、人を愛したり、悲劇が起きたり、何かしらの激しいドラマがあるけど、タランティーノ映画は延々とキャラクターたちが無駄話をしていることが多い(もちろん残虐なアクションシーンもあるけど)。その無駄話は、まるで古い付き合いの友人と深夜のファミレスに行って、当てもなく会話をしているような、そんな内容ばかり。そんな不毛なシーンばかりなのに、キメるところはガツんとキメてくる感じで、見た後は不思議と面白い。そして無駄話を思い出して、登場キャラクターの生き様のかっこよさに震える。

映画ってこんなゆるい感じでもいいんだ、それでも面白い映画って作れるんだ、と初めて思った監督。

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今回はタランティーノが大好きなマカロニウエスタンシャロンテイト、そしてハリウッドそのものを描く映画で、「俺は映画が大好きなんだー!」という熱い想いが、今までのタランティーノ映画史上最も伝わる。今までの映画でもそれだいぶ伝わってきたけど、今作は映画愛メーター、振り切れてました。もちろん、タランティーノのフェチである毎度恒例、女性の生足シーンもたくさんありました(笑)

ブラピが演じるクリフの腹筋シックスパックにもなかなかうっとりでした。本当、ブラピはいい年の取り方していて、いくつになってもカッコいい。さすがタイラーダーデン!デカプリオも、落ち目という設定以外、わりと素の本人に近いんじゃないかと思うようなリック(ファッキン)ダルトン様を演じていて面白かった。そんな2人が、パルプフィクションのジョントラボルタとサミュエルLジャクソンのごとく、ひたすらブロマンスな会話するところは面白かった。メソメソなデカプリオを「仕方ねーなー」と言いながら面倒みて励ますブラピ、最高過ぎです。

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あとこのザワークラウト火炎放射器シーンは要注目。見終わってからも大爆笑でしたw

 

ブルースリーも登場人物として出て、タイラーダーデンとタイマンはります。この映画を見たブルースリーの遺族は「こんな傲慢ではない」と批判しているようだが、個人的には当時世界最強の名を欲しいままにした、伝説のブルースリーですから。これぐらい傲慢でもいいんじゃない?と思った次第。傲慢な奴に描かれても、それでも名誉毀損ぐらいの酷い描かれ方ではないと思った。むしろリスペクトされた感じ。だってあのブルースリーだもんね。俺たちの偉大な師匠の1人ですから。

 

 

残忍な手法で殺害されたシャロンテイトだが、きっとタランティーノは彼女が生きていたら映画に起用したかったんだなぁ、、とも思った。かつてパムグリアをジャッキーブラウンとして主役に抜擢したように。そんな叶わぬ夢をワンスアポンアタイムインハリウッドでついに叶えた。映画愛と復讐、爽快感、そして笑いを兼ね備えた奇跡のラスト。最高でした。これだけ映画が好きなんですから、映画ファンからも愛されるわけで。だから是非、何年ブランクが空いてもいいから、気長に映画を作ってほしい。そう思わずにはいられなかったです。

 

ちなみに劇中にはリックダルトン大脱走セルジオコルブッチなどの名前も登場しており、スティーブマックイーンも登場してます。往年の映画ファン、マカロニウエスタンファンは必見。

 

セルジオコルブッチの映画、続荒野の用心棒。棺桶を引っ張るカーボーイの話だったと思う。けっこう面白かった、渋かった記憶がある。原題は映画タイトルの通り、タランティーノ第7作目ジャンゴの元ネタ映画です。

続 荒野の用心棒 HDニューマスター スペシャル・エディション Blu-ray

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今では名監督として有名なクリントイーストウッド。彼も昔はリックダルトンのように、イタリア製西部劇に出演し、もっとも成功した俳優として知られている。

ちなみに荒野の用心棒は、黒澤明監督の用心棒のリメイク。そして、続荒野の用心棒とは何の関連もない(邦題考えた人のいわゆる題名詐欺)。

マカロニウエスタンのなかでは、続夕陽のガンマンが一番好き。

続 夕陽のガンマン (字幕版)
 

 

ワンスアポンアタイムインハリウッド出演が決定したものの、撮影前に急逝した俳優バートレイノルズ。バートレイノルズは、リックダルトンのモデルとも言われています。とにかくアウトローだけど仲間想い、普段はグレてるけどやる時はやる。負け戦でもとりあえず挑戦する男。そんなバートレイノルズのキャラクターは、歴代タランティーノ映画のキャラクターたちともマッチします。

ロンゲスト・ヤード (字幕版)
 

 

デカプリオ演じる斜陽俳優リックダルトンと、ブラピ演じるリックダルトン専属スタントマンのクリフの関係は、パルプフィクションのトラボルタとサミュエルを彷彿とさせるが、実は北野武のキッズリターンの主人公2人のような関係も、少し思い出した。キッズリターンでは主人公2人が「もう俺たち終わったのかな」「馬鹿野郎、まだ始まってねえよ」と明るくやりとりするが、どう見ても「終わっちまった」展開しか見えない哀愁が漂う話だった。ワンスアポンアタイムインハリウッドも、これから終わってしまうのかな、と思わせる結末が少し切ない。

 

 

タランティーノ映画はヘイトフルエイトだけまだ見れていないから、今度見てみよう。

ヘイトフル・エイト [Blu-ray]

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ただタランティーノ映画が未見だったり、デカプリオとブラピにつられてあんまり映画見ない人からは不評の様子。とりあえず興味あるけど予備知識がない人は、ここで紹介した映画を事前にレンタルで見て、以下のシャロンテイト事件の概要を見ていけば、だいたい映画の内容を理解できるはずだ。

チャールズ・マンソン(女優シャロン・テート殺害事件) | 恐怖体験や殺人事件都市伝説ほかの駄文 | エッセイ・ノンフィクション | 小説投稿サイトのアルファポリス

 

ワンハリとは関係のない、ある日本のドラマのラストシーン。妻を殺された主人公が犯人を捕まえた時、ひたすら犯人が殺人内容の詳細を言って挑発する。だが主人公は「お前は殺さない。お前はこれから刑務所の檻の中で、死ぬまでひたすらつまらない人生を送る。そして毎日、捕まえた俺の顔を思い出す」と言って、生け捕りで犯人を逮捕する。チャールズマンソンとその仲間の人生は、まさにこの犯人と同じだったな。

万引き家族

 

 

テレビのノーカット版で鑑賞。

あれから映画館で何を観ただろうか。なかなかブログを書こうとすると、筆が重くなってしまって、やめてしまう。仕事も忙しいし。

 

アクアマン、ゲットアウト 、この世界の片隅で、ゴジラキングオブモンスターズあたりを見たが、どれも面白かった。

特にゲットアウトは、もし劇場で見ていたらその年のベストだったほどの傑作だった。初監督のジョーダンピールはすごい。本職はコメディアンとのことで、作風もビートたけし的な二面性がある感じ。YouTubeで監督のお笑いコンビ、キーアンドピール(ザプレデターとかに出てたキーガンマイケルキーとコンビだったんですね)のコントを見たら、中学生レベルのしょうもないギャグばかりで、くだらなさに大爆笑。たけしのコマネチ!みたいなコントばっかりじゃないですか笑 映画作ったのは本当はゴースト監督なのかと思ったよ笑 映画もコントも最高だ。

Key & Peele - Sex Detective - Uncensored - YouTube

 

で、万引き家族

玄人が選ぶ映画祭で賞をもらったり、前々から評論家や見た人の感想も非常に高かった本作。だが自分の好みの問題で、なかなか邦画を見ようとする意思がなかった。つまらないんだもん、邦画。テレビでやらなかったら、見なかったでしょう。

評判とかあらすじをパッと見たり聞いたりした限り、貧困系のお話でわりと悲劇ということで、その辺りが貧困と縁のなさそうなリッチな方々、つまり映画祭で審査をするような方々にウケたのかな、と思った。実際見ても、「まあ富裕層からウケの良さそうな貧困描写してんなー」という気持ちが沸き起こり、ひねくれた見方をしてしまう自分がちょっと嫌。これが年の功ってやつです。劇中では、家族の面々がわりと良い人扱いな感じで描写されるんだけど、そこはさすがにファンタジーかなと。金がない生活ってのは、あんなに平和で幸せじゃない。現実世界に富裕層の人の横に、万引き家族に出てるような貧困家族を横に連れてきたとしたら、富裕層の人は嫌な顔をして逃げるはずだ。そして貧困層の人も汚い言葉を大声で罵っているはずだ。劇中のリリーフランキーみたいな、貧しくても人間性はステキなパパも中には居ると思うけど、かなり珍しいと思う。その辺りがファンタジーに思えてしまったのかもしれない。俺の育った近所は万引き家族みたいな人が多かったし、自分の家もわりと貧しかったから、この映画が単に貧困層を美化しているように見えたのかもしれない(大人になった私は金が全ての人間になってしまいました)。

 

とここまで散々ディスるようなことを書いてきましたが、貧困層を美化し過ぎ問題があったとしても、それでもやっぱり見終わったら心にジーンときました。特にケイトブランシェットも絶賛したと言われる安藤さくらの演技に、思わずもらい泣き。あの泣くシーンはズルいって。見てて辛かった。刑事がひたすら正論、当然警察ですから、法に則った話で取り調べを進めるんだけど、この刑事は今の自分なんじゃないか、と思ってしまった。

かつて貧困の世界が嫌で仕方がなく、とにかく金を稼ごう、こんな生活から抜け出してやると働いて、いまはそこそこの会社員になれた。会社員になったところで出世なんてしちゃないが、会社員の仕事は基本的に正論で進めることが多い。ルールを遵守しているか確認して、仕様を確認して、問題がないかテストして、整合性をとって、管理者に承認してもらって。むしろ、答えのない現実を正しい論理にどう合わせるか、みたいな仕事もあったりする。管理された組織はどこもきっちりした世界であることを求められる。そのきっちりした世界を、いろんな人に強要させるのが最近世の中になってきている。ここがこの映画の肝だったように思う。あの貧困の生活は確かに嫌だったが、今思えばゆるいなりの優しさがあった。それを人情と呼ぶのかもしれない。普段社会からしいたげられてる人は、痛みにも敏感な人が多い。だから人に優しくできるんだ。逆を言えば、エリート街道真っしぐらな人は人の痛みをまったく理解できない。それこそ正論で進めていくような人たちは特に。この映画は、後者が支配する社会で起きた悲劇を描いている告発でもある。父と子の映画としても、最近の日本のドキュメンタリーとしても傑作の映画でした。俺自身も、なるべく人に優しくできる人になりたいものです。それこそ劇中の駄菓子屋さん、柄本明みたいな人に。

 

多様性とは?

川崎の殺傷事件や、元事務次官の殺傷事件を見るに、いまの日本は相当生きづらい。

 

昔の映画を見ると、フーテンの寅さんや植木等のようなテキトーな人も許されていた世の中だったように見えるが、それがいつしか変わってしまった(そもそもフィクションの中だけで、当時も現実にそんな人がいなかった可能性もあるが)。何が生きづらいのかというと、「〜〜でなければならない」等の過度な押し付けが多いところ。「偏差値の高い学校に行かなければ」から始まり、「名の知れたいい会社に入らなければいけない」「正社員で勤めなければならない」「大人になったら結婚しなければならない」などといった、謎のあるべき論とその強制が蔓延してる。一部の偉い人たちの中だけに閉じた話ならそれでいいが、こういった押し付けがましいあるべき論がダイレクトで個人に来るように感じる。偉い人に文句言われるというか、同じ身分同士で相互監視されて、争いさせられてる感じ。もし自分が働いていなかったとしたら、「あの人は無職なのよ」と後ろ指さされるだけならともかく、人格まで否定される勢いで言われる感じ。誰がどこで働いてようが、働いてなかろうが、その人の勝手なのに。「他と違うからおかしい!」などと、大声で言われる筋合いもないし、他と違ったからといって恥を忍んでコソコソする必要もない。でも「おまえは普通じゃないんだから」といった理屈で、こういったあるべき論から外れた人、または言うこと聞かなかった人への圧力が、ここ最近ひどくなってきていると感じる。個人の自由が極端になさすぎる。正直めんどくさって感じ。リーマンショック就職氷河期を経験して「新卒カードを逃したらもうまともな就職先が無い」という、くだらない罰ゲームを体験した身からすると、こういった固定された考えは本当にくだらない。早く消え去れと思う。最近の日本は、外見だけ見れば一見多様性があるように見えるけど、その内面は新卒一括採用のみんな同じ髪型同じスーツ状態だ。

 

先の事件も、実際のところどうだったのかは想像するしかない。でも、天涯孤独で友達がおらず、結婚してなかったとしても、そんな生き方もアリなんだ認められるとか。無職期間があっても、社会復帰できる世の中とか。政治が法律がどうこうの前に、個人の判断や意志、生き方がもっと尊重される世の中になってくれと。それだけでだいぶ生きづらさや、息苦しさはなくなるんじゃないか。多様性がどうのこうの言っても、いまの日本には多様性の多の字もないから。

アメリカにいる親戚が、「アメリカは日本と比べてサービスも悪いし、物も揃ってないけど、精神的にいいんだよね。」と言ってたけど、そういうことだろうな。

自動化というけれど

最近はやりの自動化(RPA)が話題。どこを見ても自動化。凄いところだと、今まで手作業でやっていた業務を完全自動化したんだとか。エクセルにコピペする作業なんて、たしかにマクロか自動化ソフトに任せりゃいいもんね。私の仕事の周辺も、自動化の波が押し寄せているのは感じます。

 

定型的な作業は自動化して効率アップ、というのはわかるし、仕事なんて本当はしたくない自分から見たら、なんでも自動化したもらったほうがいいとは思っている。けど、どこも自動化をして何がしたい、どう良くなるの?という大きなビジョンが見えてこない。実のところ単純にコスト削減とか、ロボットが行うからミスなく品質が上がるとか、単に自動化したいとか、目先の理由が多い。

 

まだコンピュータは人が使う道具に過ぎないと思ってる。結局使うのは人。だから、コンピュータやらソフトウェアを導入したら、どんな風に人は幸せなるんだっけ?という部分を具体的に落とし込まないと、単に反発だけされる気がする。

 

推進派の人も「自動化によって仕事は無くなっても、仕事がなくなった人は、もっと創造的な仕事ができるんです」と説明するが、正直乾いた笑いしか起きない。業務を自動化に置き換えられた人は、配置転換か、はたまた転職なのかはわからないが、職を失ってから創造的なことをできると思う?ほとんどの人はムリだと思うよ。俺だって今の仕事を自動化されたとして、「創造的なことしましょう!」と言われてもムリだもん。仮にできたとしてもちょっと時間がかかるね。

 

コンピュータ業界は技術の移り変わりが早い。このまえまで新しかったことが、あっという間に古くなる。かつて電話するときは交換手もいたようだが、現代に交換手なんて存在しない。すべて電話交換機というコンピュータに置き換わった。だからきっとこの自動化の波も逆らえないんだろうね。昔から「強者の論理」で動いているのがコンピュータ業界だから。

 

いままではコンピュータ業界内部に閉じていた技術の進歩の負の部分が、コンピュータの普及にともなってさまざまな業界にも進行して、「自動化」の名の下に、地獄のような状態になっているのが現代だと思う。

 

コンピュータ関連の仕事をしている人なら経験があるかもしれないけど、コンピュータやらソフトウェアを導入して、顧客のお偉いさんからはコスト削減と喜ばれても、顧客の現場からは怒鳴られる(俺たちの仕事をなくしやがって、手作業できないから型にはまった機械的なパターンしかできない、コンピュータの素人なのにメンテナンスさせられる羽目になった、壊れた時に取り返しがつかなくなった、など)ということが、今後いろんな場面で目にするんでしょう。

 

なんの罪悪感もビジョンもなく、「自動化できやしたー」「コスト削減しやしたー」といったやり方は、後々起こりうる大きな欠陥への不注意と、人と人との怨恨を残すだけの、世知辛い商売になるんじゃないかと思う。嫌な話だ。

アリー/スター誕生

 



責務を果たし、対価を受け取る。その対価で生活を営む。すなわち社会人になってから、「小難しいことや悲劇は、仕事だけでいい」という日々が続いている。そのため、趣味の映画を見るにしても、小難しい話や悲劇に対してわざわざお金を払って見に行かないスタンスになってしまった(昔はそうでなかったんですが…)。本作は今回含め、既に4回映画化された古典・名作のリメイク。クソみたいな「余命〜年」系の邦画にありがちな恋愛映画の原点ともいえる悲しい恋愛話なので避けておりましたが、これがもう堂々たる出来で、素晴らしい映画でした。ちょっと反省してます。

 

主演を務めたレディガガ、主演兼監督のブラッドリークーパーも、期待値を大幅にオーバー。音楽界では一定の地位を築いているも、映画界では脇役に甘んじていたレディガガ。音楽界で培った確かな歌唱力と、脇役では見せきれなかったしっかりした演技で堂々の主役を張る。映画初監督のブラッドリークーパーも、選んだ題材は安いメロドラマになりかねない古典。これを、まるでイーストウッド映画のような達観した演出力で、渋い映画としてリメイク。映画の内容が新たなる才能を見いだす話であると同時に、映画自体そのものも、レディガガ(主役)とブラッドリークーパー(監督)という新たなる才能が融合し、岡本太郎(芸術は爆発だ!)のごとく、2人の才能が大爆発して、大傑作として開花しています。

 

そしてなんと言っても、アルコール依存症メンタルヘルス、男のミドルエイジクライシス(中年の危機)の恐ろしさをネチっこく描いた鬱映画でもあり、かつてイーストウッドが監督し、ブラッドリークーパーが主演した「アメリカンスナイパー」と通じるテーマです。歳をとるにつれて目減りしていく体調と才能。逃げ場のない現実から目をそらすためにアルコールに溺れる。兄役のサムエリオットが言う一見冷たい台詞、「すべての責任は彼にある」という一言で、メロドラマな悲劇から現実へとビンタで戻されます。

 

いまの自分は対価をいただいてなんとか生きてますが、いつか自分にもジャクソンのような時期が来るのだろうか、、、と思ってしまう。

単なる恋愛映画ではなく、不器用な男であれば誰もが「明日は我が身」を感じる、硬派で渋い映画です。そして渋いだけでなく、「どんなに辛くても、立ち上がって強く生きる」というアメリカの伝統的な精神が、レディガガの圧倒的な歌声として表現され、観賞後なんともいえない余韻がずっと残ります。

 

 

 

ヒロミ「40歳で小休止した僕が見つけた境地」 | ワークスタイル | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

何か不祥事を起こしたわけではない。しかし、潮が引くように出演番組が終わっていく。正直、薬物事件や暴行事件を起こしたわけでもないのに、ここで一気に? と自分でも不思議に思ったし、どこか笑える部分すらあった。

それでもしがみつき、テレビの仕事を続ける選択肢もあっただろう。ただ、その先に待っていたのは、支えてくれた番組スタッフからの「ヒロミさん、つまらないから芸能界に席はないです」という最後通牒だったとも思う。僕は、求められていない感の中であがいてしがみつくよりも、自分の意志で線を引くことを選んだ。「タレント・ヒロミ」を小休止させよう、と。

これは誰にも相談せずに決めた。「俺、時代に合わなくなってきた」と感じたからだ。

おじさんと呼ばれる年齢になっての、初めての大きな挫折だった。若いうちに売れず苦労して挫折感を味わいまくる人、50歳でリストラされて途方に暮れる人。挫折と向き合うタイミングが違うだけで、誰もが一度は「きついな」という局面に対処しなくちゃいけなくなる。人生はそういうふうにできているのだと思う。

 

このヒロミのお話にも近いかもしれない。ヒロミは器用さもあって乗り越えられた人だったんですね。